気をつけたい「コーチング」で陥りやすい罠 第5回
すべての部下がコーチングの対象者である現実
コーチングの概念が一般化したことで、すべての部下にコーチングすることが当たり前であるかのようになりました。実は、こういった状況は、ビジネスコーチングの前提には含まれていません。本来はコーチング受講には不向きな部下も、対象者に含まれているのが現状ですから、すべての対象者に教科書どおりのコーチングで接することは、最適解ではありません。
コーチングに適した営業担当者
対象者が、前向きで課題解決意識を持っているならば、コーチングに適した対象者であると言えます。訪問前には訪問目的を聞き取り、訪問後に「面談前に予定していたことはできたか」「自己採点をすれば何点か」など、質問を利用しながら面談内容を一緒に整理して、対象者を支援する手がかりを得ます。
コーチングの教科書的には、対象者の自己採点が60点であれば、「100点には何が足りないのか」と不足分に目を向けさせます。手順立案、目標到達度測定などに、効果的な手法です。
コーチングに不向きな営業担当者
コーチに対して否定的な対象者の場合は、まずラポール(十分な信頼関係)の構築から取り組み始めることが必要です。対処が難しいのは、信頼関係があるのに、コーチングが進まない対象者です。得意先との人間関係や、自分の仕事能力に劣等感を抱える対象者がそれに当たります。
劣等感を持っている対象者に、100点までの不足分を考えさせると、できなかったことを責められたと感じて萎縮し、考えることを放棄してしまいます。この場合には、できた60点の内容に目を向けさせる必要があります。
「不向き」な対象者の扱いがコーチングの成否を分ける
劣等感を持っている対象者に有効なのが、小さな目標達成に対して何回も承認することです。この種の対象者は、目標達成すら自分の能力ではないと疑います。ですから、第三者の承認が不可欠です。
どのように承認をするか、例を挙げます。訪問後の振り返りでは、「自己評価が60点だとしても、すべての予定をクリアできたのだから、100点ですよ」とフィードバックします。劣等感のある対象者の多くは、「ほかの担当者なら、もっとうまく伝えられるかもしれない。私はまだまだです」と否定をしてきますから、「それは、あなたのゴールではなく他人のゴールなので、別に考えましょう」と言いましょう。あるいは、伝えたことがお客さまにうまく伝わらなかったかもしれないと、内省ができていることに注目します。そして、よく相手を観察できたと承認して、それ以外の観察結果を引き出し、さらに承認します。観察結果から、得意先の心情を予想して、ディスカッションすることも有効です。
劣等感から、自分の面談は不合格に違いないと思い込んでいる対象者も、行動承認が繰り返されることで、自分自身を認める気持ちに到達できます。それによって自信が芽生える可能性があり、そうなれば、ほかの得意先とも面談してもいいかも…、とポジティブ思考のスイッチが入るかもしれません。
対象者の自己採点は、コーチングに有効な手法の1つですが、その人の心のありようによっては、逆効果になる場合があります。不足分に目を向けるのか、できている部分に目を向けるのか、対象者を見極めることが重要です。